多くの人が力を抜いて生きることが下手で苦労しています。実際には無意識のうちに頑張ってしまっているのが実態ではないでしょうか。そしてその力みみより、肩がこり、首が痛くなったりするのです。多くの場合、気がつくと力んでいるというのが正しくて、自分では意識していないのです。この、自分で気づかないうちに力んでいる状態にどう対策すれば良いのか・・・。
武道では多くの場合相手があります。一般には相手を意識したとたん頑張ってしまい力みが出てしまうのです。力んだ状態は自分自身の硬直状態ですので、相手に自分の弱点を教えるようなもので、隙を見せた非常に危険な状態です。稽古の目的は、自分の力を常に有効に使えるようにすることにあります。リラックスして力まず、できれば無意識に相手の体制に自然に反応して体が動くようにすることにあるのです。無意味に繰り返して稽古をしているのではなく、緊張することなく対処できるようにすることが重要なのです。
常に頑張らない稽古を心がけているても、実際には相手がこれまで以上に大きく・強く感じた途端に、精神的な緊張が生じ無意識に力んでしまうものです。相手が強くても大きくても恐れて力まないようにするために必要なのが心の鍛錬です。ここでの心とは恐れ、興奮、緊張などの変化への冷静な対応です。これができれば、武術が一般の生活にも生かせるようになるという意味で、武道という表現の「道」がついているのだと理解しています。
その意味での心の鍛錬は武道だけではなく、一般のスポーツ、特に競技では重要な要素です。緊張の中での勝負が常識となている競技の世界では、いかに緊張を味方につけ、自分の実力を発揮するかがもっとも重要です。ところが、恐れを知らない純粋さを持つことによって、鍛錬することなくできてしまうことがあるのです。いや、むしろ若い人たちの活躍を見ていると、そのような場合のほうが多いのかも知れません。一度恐れを知ってしまうと、それを克服するためトレーニングや鍛錬は、肉体の鍛錬以上に難しいのかもしれません。
恐れを知らない純粋さの一例として忘れられないのが、バルセロナオリンピックでの水泳女子200m平泳ぎで岩崎恭子さんが金メダルをとったときの、無欲の勝利が思い浮かびます。
岩崎恭子さんはインタビューページ(こちら)で以下のように述べられています。
あのときはオリンピックに出ることを目指していたのではなく、ただ水泳が好きで、「速くなりたい、もっと上手になりたい」と純粋に思って泳いでいて、その流れでとれた金メダルだったんです。オリンピックの重みとかプレッシャーがわからないまま出たことが、14歳の私にとってはよかったのでしょう。もし最初のオリンピックが4年後の18歳だったら、いろいろ考えてしまって、きっとメダルは取れなかったと思うから。実際に次のアトランタオリンピックに出たときにはすごく緊張したし、冷静ではいられなかったんです。年を重ねるごとに、オリンピック年がくるたびに、今の選手たちの活躍に感動したり当時の自分を思い出して、目指してメダルを取ることの難しさを感じるようになっています。ではどうすれば緊張とストレスの中で力まずに行動できるようになるのでしょうか?スポーツに勝つために緊張やストレスの対策として検討されてきた方法がひとつの参考になるかと思います。
その中の一つに、「ストレスは悪いことではない。問題はストレスにどう反応するかだ」という視点でストレスへの対応方法が書かれた本があります。ジム・レーヤー氏の「メンタル・タフネス-ストレスで強くなる」です。スポーツでのメンタルトレーニングから、企業でのビジネスの現場まで応用されているストレス対策の本として参考になると思います。この本では、「タフであるというのは、リラックスして必要なことに集中できる状態を意味する」としています。その実践のために、考え方からトレーニングの方法までが紹介されています。
しかし、定常的に高まる興奮(時間的には長い)を制御する上記のようなトレーニングとは別のトレーニングが存在するように思います。実際には比較的短い時間、秒単位から数分程度の興奮というものが存在します。実際の現場での一瞬一瞬の動きでは、その状況での繰り返しトレーニングが必要です。頭で理解してもその一瞬には体と感情はストレスに反応し、その反射的興奮反応や緊張を抑える何らかのトレーニングが必要とされると思われます。
試合中の短い時間間隔での興奮では、テニスプレーヤーがサーブの度に繰り返し行う動作には、定常状態に自分を引き戻すために重要な要素となっている例があるようです。これで試合が決まるかもしれない重要な場面で、興奮を忘れ、冷静さを取り戻すために定型の行動を行う。それによって自分自身を慣れた冷静な状態に引き戻そうとする。興奮したと思ったら、すぐに行うべき行動をパターン化しておく。参考になりますね。
私にはまだ回答はありませんが、そのような緊張状態での心のトレーニング方法ができたら、スポーツには大きな変革をもたらすのでしょう。そしてそれは、人間の興奮や怒りというものも制御する方法になるのではないでしょうか。